政治家を志した理由

下田大気、幼少期の写真

私は武蔵境で生まれ育ち、今日に至るまで40年以上住んでおります。子どもの頃は、少年野球や、横河FCでサッカー、バスケットボールなどのスポーツ大好き少年でした。 タクシー運転手になる前は、役者や会社経営、様々な経験をさせていただき、多くの失敗をして、両親をはじめ、色んな人を裏切ってきました。 タクシー運転手になり乗務を通じ様々な経験や世の中を客観視できるようになり、売上も東京のタクシードライバーの中でもトップクラスの売上を誇り、世間からはカリスマタクシードライバーといわれるまでになりました。

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タクシーに乗務する仕事を始めてからの営業エリアは東京23区と武蔵野、三鷹地域です。なかでも生まれ育った武蔵野市内を走るときは特別な想いをもって走っていました。 市内を走るときは、全ての市民をお客様と思い、一人ひとりとゆっくりお話しする機会ができました。武蔵野市民の生の声を聞き武蔵野市の良いところ、また問題点なども聞かせて頂いているうちに、自分が生まれ育った武蔵野市に貢献したいという思いがますます強くなりました。 そんな矢先に、私が2歳から小学生まで遊び育った、桜堤児童館の廃止の計画が立ち上がり、地元住民などの反対の声が上がっていて、私自身、思い入れの強い桜堤児童館であり、子どもやご両親、地域にとって、児童館の役割の重要性は誰よりも理解していましたので、児童館を存続させなければいけないと思い、2015年4月の武蔵野市議会議員選挙に「児童館の存続」を公約に立候補し、1363票をいただき当選させていただきました。私1人の力ではありませんが、西部地区の市民の反発や多くの議員の協力で、桜堤児童館の廃止案を差し止めることができ、現在に至ります。 そして、ようやくこれまでの様々な経験をもって武蔵野市に恩返しするときがきました。現在1期目として、脱ムダを掲げ、行財政改革、職員の働き方改革での業務の効率化、納税者の目線に立ってコスト削減を実現しております。また、現在もタクシー運転手の目線から、街づくり、道路整備施策にも力を入れております。

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終戦から70年、歴史の一区切りの年に、緑の街『武蔵野市』を守り、皆がより安心して暮らすことのできる街にしていくために、政治家として歩み始めた所です。